読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

マルコ

マルコ15章1-21節

苦難を忍ばれる主 いよいよ十字架の時が目前に迫っています。ローマ帝国から派遣されたユダヤ総督ポンテオ・ピラトが「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねると、主は「そのとおりです」と答えられました。これは明確な「メシヤ宣言」です。ご自身が、旧約…

マルコ14章43-72節

逃亡経験を経て「役に立つ人」に… 今日の箇所には、マルコの福音書だけが記録している出来事があります。 ある青年が、素はだに亜麻布を一枚まとったままで、イエスについて行ったところ、人々は彼を捕らえようとした。すると、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、はだ…

マルコ14章17-42節

みなさんは夏バテしていませんか? 少し忙しい数週間を過ごしたので、疲れ気味です。だからこそ、十字架のイエス様に目を向け、目を離さないでいたいと思います。 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前…

マルコ14章1-16節

マタイの並行箇所の解説を参照してください。マルコとマタイの内容はほとんど同じですが、ほんの少しの違いから気づかされることもありますので、ぜひ比較して読んでみましょう。 【文庫】 日本人に贈る聖書ものがたり ? メシアの巻 上 (文芸社文庫) 作者: …

マルコ13章14-37節

終末について知っていこう 主はオリーブ山において「終末」について弟子たちにお教えになりました。

マルコ12章35節-13章13節

人が注目する信仰、主が注目される信仰 この箇所では、律法学者や金持ちたちの「人見せるための信仰」と、一人の貧しいやもめの「主がご覧になる信仰」が対比されています。

マルコ12章13-34節

悪意による一致 パリサイ人たちは、異邦人国家であるローマ帝国によってユダヤが支配されていることに強い嫌悪感を覚えていました。ヘロデ党の人々は、ローマと友好的であることに政治的・経済的メリットがあると考えていた人々です。主義主張が真反対で犬猿…

マルコ11章27節-12章12節

権威はどこから? 神殿の庭を歩いておられる主イエス様に、祭司長、律法学者、長老たちが問いかけます。

マルコ11章1-25節

柔和な王、しもべとしての入城 この11章からは、舞台がエルサレムに移り、十字架直前の最後の1週間が記録されています。主イエス様の地上でのご生涯は約33年ですが、マルコはその終わりの約3年半、しかも最後の1週間に集中してページを割いています。それほ…

マルコ10章35-52節

「リーダーになりたい人」と「リーダーにふさわしい人」 主イエス様がご自分の受けられる苦しみについて予告された直後、こんなことが起こります。

マルコ9章33節-10章12節

聖書的リーダーシップ論 十字架の苦難についての予告を主から聞いた弟子たちは、しかし、自分たちの中でだれが一番偉いかを論じ合いながら歩いていました。

マルコ9章14-32節

山上の変貌という劇的なシーンの目撃者になった三人の弟子たちが主イエス様と一緒に山を降りると、そこには残りの弟子たちと律法学者が論じ合っている姿がありました。さらに大勢の群衆がその周りを取り囲んでいます。一体何事が起こったのでしょうか。

マルコ9章1-13節

さらに集中して行われる弟子訓練 次の一節は、以前から様々な意味に理解されて来た箇所です。 イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、神の国が力をもって到来しているのを見るまでは、決して死を味わわ…

マルコ8章11-38節

4000人の給食の出来事を経て、主イエス様と弟子たちはダルマヌタ地方に行かれます。これは並行記事では、マガダン地方となっており、ガリラヤ地域のマグダラのことであろうと推測されます。

マルコ7章24節-8章10節

異邦人女性のりっぱな信仰 ユダヤ人の指導者たちは、主イエス様を拒絶します。旧約の預言者たちを通して、再三メシヤ到来を告げられていたのに…です。そこで主は、異邦人の住む地方へとお出かけになりました。

マルコ6章30-56節

生活と教理 二人ずつ派遣された弟子たちは、しばらくの時を経て主イエス様のもとに戻ります。

マルコ6章1-29節

邪魔をする固定観念やプライド 主イエス様は弟子たちを連れて郷里のナザレに行かれます。ナザレの人々は、知恵にあふれた主の教えを聞き、主のなさった奇跡についての報告を耳にして驚きを覚えます。しかし、彼らはこう言いました。

マルコ5章25節-43節

主イエス様は、湖で嵐を静め、ガリラヤ湖東岸の異邦人の地では悪霊に取りつかれた人を解放されました。さて、今日の箇所には、主が再び西岸のユダヤ人の地、おそらくカペナウムの町に戻られたときのことが記されています。

マルコ4章35節-5章20節

人であり神であるお方 湖のほとりで教えをなさっていた主イエス様は、夕方になって「さあ、向こう岸へ渡ろう」と弟子たちに語られます。

マルコ4章10節-34節

神の国の奥義 宗教指導者も、親族や家族も、主イエス様を受け入れず、狂人や悪魔憑きとして扱うことさえしました。それ以降、主は「たとえ話」で語られました。そして、十二弟子とその他の弟子たちにこう語られます。 「あなたがたには、神の国の奥義が知ら…

マルコ3章20節-4章9節

再び本末転倒 前の箇所に引き続き、ここにも「本末転倒」が見られます。神ご自身による働きを悪魔によるものと決めつけ、自分たちが正しいと信じながら実は悪しき霊の策略に支配されている人々がいるのです。 イエスの身内の者たちが聞いて、イエスを連れ戻…

マルコ2章23節-3章19節

「行いによる救い」という世界の中でもがきながらギスギスした心で人を裁くパリサイ人たちの姿と、のびのびイキイキとした「恵みと信仰の世界」を示しつつ歩まれる主イエス様の姿が、前の章から続いて対照的に記されています。 応援クリックを! にほんブロ…

マルコ2章1-22節

全人格的な癒し カペナウムのある家、おそらくシモン・ペテロの家だと思われますが、そこに人々が押し寄せてきます。主イエス様の評判が広く伝わり、特に癒しを求める人々が我先にと集まったのです。しかし、主はそこで「みことばを話しておられた」(2)と…

マルコ1章21-45節

ある聖書注解者は、ここに書かれている一日を「主の生涯における典型的な一日」と語っています。私たちは、主イエス様がいかに中身の濃い時間を過ごしておられたかを見て驚きを覚えずにはいられません。マタイは「王としての救い主」を描いていましたが、マ…

マルコ1章1-20節

さあ、マルコの福音書が始まります。著者マルコは、ペテロの側近であったヨハネ・マルコです。彼は、パウロ、バルナバらと共に伝道旅行にも同行した初代教会の働き人でした。マタイの福音書はユダヤ人に対して書かれているので旧約預言の引用が非常に多かっ…