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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

マタイ5-7章

マタイ

山上の説教を理解する上で大きな鍵となる聖句はこれです。

 

「まことに、あなたがたに告げます。もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、入れません。」(マタイ5:20)

 

イエス様のこの説教を聞いた人々は、まだイエス様の十字架を知りません。彼らは旧約時代と同じように「律法の時代」を生きていました。彼らは「律法を守れば天の御国(神の国)に入れる」と信じていましたが、しかし、「どれぐらいちゃんと守ればOKなのだろうか?」「自分は果たして本当にOKなのか?」と不安を感じている人が多かったのです。

 

そういう人々に対してイエス様は、この説教を通してはっきりと言われます。「もし、律法を守ることによって天の御国に入りたいなら、厳格に律法を守っているように見えるあの律法学者やパリサイ人“以上”にもっともっともーーーーーっっと厳格に守らないと無理だよ!」と…。つまり、「人間の行いによって救われることは全く不可能だ!」とおっしゃっているのです。


これを聞いた人々は、まだ、この説教の真意がよく分からなかったと思います。また、失望した人も多かったでしょう。「こんな教えを守るのは無理だ!これを守らないと天の御国に入れないなら、私たちは一体どうしたら良いのだろうか」と…。


しかし、「十字架・葬り・復活の福音」を受け取った者たちは、山上の説教を理解することができます。「確かに人間の行いによって救われることは不可能だ。しかし、私たちはイエス様の為してくださった救いの業を信じるを通して、ただ恵みによって天の御国に入れていただくことができるのだ。」と…。


福音を信じた者たちにとって「山上の説教」は、「救われるための条件リスト」を示すメッセージではなく、「救われた私たちがこのように変えられていく」という目標、希望、励ましを与えるメッセージです。 私たちは「こんな私を救ってくださった神の恵みは素晴らしい!」とほめたたえながら、「私を変え続けてください」と祈り続け、みことばを行うことにチャレンジしていくのです!