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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

第一サムエル記4章

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今日の箇所には、ペリシテ人との戦いが記されています。これは、神を恐れずに堕落した歩みをしていた祭司の一家と、その一家によって導かれていたイスラエルを厳しく取り扱います。神は、ご自分の民の心を変え、本来の姿に立ち返らせるため、時には「外敵」をお用いになることがあるのです。

ペリシテ人は、海の民とも呼ばれる渡来民で、おそらくギリシヤ、エーゲ海域からやって来たヨーロッパ系の人々です。彼らは鉄器を用い、軍馬、戦車を操る戦闘的な民族でした。この後、ダビデによる完全勝利が起こるまで、彼らはイスラエルの脅威であり続けました*1

 

主の契約の箱が陣営に着いたとき、全イスラエルは大歓声をあげた。それで地はどよめいた。(4:5)


読んでいる私たちも思わず「よし、イスラエルの勝利だ!」とガッツポーズをしそうになりますが、果たしてどうでしょうか。

 

確かに神の箱は重要ですが、神ご自身ではありません*2。神が用いられる「器」「道具」「シンボル」を、神ご自身以上に重んじたり、それに頼ることを避けなければなりません。美しい教会堂も、伝道プログラムや学びのテキストも、牧師などのリーダーも、すべて「器」「道具」です。神の臨在の中で有効に用いられるなら、素晴らしく有益ですが、神の代わりにしてはならないのです。


さて、ペリシテ人は、イスラエルの大歓声が聞こえる中、主の箱の到着を知ります。

 

ペリシテ人は、「神が陣営に来た」と言って、恐れた。そして言った。「ああ、困ったことだ。今まで、こんなことはなかった。ああ、困ったことだ。だれがこの力ある神々の手から、われわれを救い出してくれよう。これらの神々は、荒野で、ありとあらゆる災害をもってエジプトを打った神々だ。*3」(4:7-8)


当時のペリシテ人たちは、数百年も前に起こった「出エジプトの奇跡」を知っていたので、イスラエルの神を恐れました。イスラエルの民よりも、神ご自身の存在を強く意識しているようにも見受けられます。しかし、ペリシテ人たちは「負けるものか」と奮起してイスラエルを撃退し、疫病の流行もあって神の民の中で三万人が死に絶えました。

 

神の箱は奪われ、エリのふたりの息子、ホフニとピネハスは死んだ。(4:11)


四十年の間イスラエルを治めてきた祭司エリは、この知らせを聞いてショック死しました。妊娠中であったピネハスの妻も同じ知らせを聞き、ショックの中で出産をします。子どもは「神の栄光はない」という意味の「イ・カボデ」と名付けられました。リーダーたちが死んだら、神の栄光が無くなってしまうのでしょうか。神の箱を失ったら、神の栄光は無くなってしまうのでしょうか。


実は、彼らが失ってしまっていたものは、何かもっと別の大切なものであったのです。

 

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*1:「ペリシテ人の土地」という意味の「パレスチナ」ということばは、現代の世界情勢を考える上で計り知れないほど大きな意味をもっている。私たちはまずこの名称が、聖書に出て来るこのペリシテ人と実際には関係がないことを知らなければならない。現代「パレスチナ人」と呼ばれる人々は、ペリシテ人の子孫ではない。「パレスチナ」という地名は、紀元135年頃、ローマ皇帝ハドリアヌスによって名付けられたものである(Syria Palaestina)。ローマ皇帝は、度々起こるユダヤ人の抵抗運動を抑えるため、彼らの民族的アイデンティティを打ち砕くべく、「カナンの地」「イスラエルの地」「約束の地」に対して、1000年以上前に滅んだペリシテ人の名を用いて地名を付けたのである。

*2:「主の契約の箱」「神の箱」「主の箱」「律法の箱」など様々な呼び名がある。

*3:ここで「神々」という表現が用いられているのには、幾つかの理由が考えられる。多神教のペリシテ人の口癖であったかも知れないし、あるいは、「尊厳の複数」(偉大な存在に対する敬意を表現する複数形)であるかもしれない。