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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

第一サムエル記10章

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予見者とも呼ばれた預言者サムエルは、サウルの「今後」について詳しく告げます。「あなたは二人の人に会い、その後、三人の人に会い、さらに預言者の一団に会う」と…。

 

さらにサムエルは続けます。

 

主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。このしるしがあなたに起こったら、手当たりしだいに何でもしなさい。神があなたとともにおられるからです。(10:6-7)

 

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主の霊がサウルの上に降り、彼も預言をし、これまでとは違う新しい人に変えられるというのです。ここで二つの重要なことを確認しておきましょう。


一つは、旧約時代と新約時代では「聖霊と人との関わり方」が違うということです。

 

「もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです」(ローマ8:11)

 

このように、新約時代において聖霊は真の信者の内に住まわれます。これを「聖霊の内住(ないじゅう)」と言います。このお方は、いつまでも決して離れ去ることはありません。

 

わたし(御子イエス)は父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主(聖霊)をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。(ヨハネ14:16)


とある通りです。


しかし、旧約時代は違いました。基本的に聖霊は、信仰者の上にとどまって力を与え、傍らで助ける形で関わられました。確かに聖霊は一時的にサウルの内に宿られましたが、やがて彼から離れ去られたのです*1。彼は一時的に新しい人になりましたが、それは続きませんでした。彼は「聖霊による新しい人」のひな形ではありましたが、完成した形ではなかったのです。

 

しかし、私たちは今、聖霊が決して離れることのないかたちで自分たちの内に住んでおられる特権を思い、それを喜びたいと思います*2。イエス・キリストを救い主として信じ、主と告白して従う私たちは「聖霊による新しい人」とされています。

 

この聖霊というお方は私たちの救いの保証であり*3、私たちが必ず変られ続けていくと信じることができる根拠です*4。私たちはこのお方によってまさに「新しい人」とされ、決して後戻りすることなく新しくされ続けるのです*5

 

もう一つのことは、サムエルがサウルに語った「手当たりしだいに何でもしなさい」ということばです。ある人々は、この箇所から「とにかく何でもやってみることだ!」というメッセージを語ります。しかし、サムエルはこの後、サウルに対してこと細かに指示を与えます。サウルは決して、闇雲に何でもかんでも行うべきではありませんでした。むしろ、指示されたことは一つ残らず何でもしなさいという意味でしょう。サムエルは「何でもしなさい」という言葉に続けて「神があなたとともにおられるからです。」と語っています。神のみことばの指示に大胆に従い、それを一つ残らず行おうとする時、神は私たちと共に歩み、それを助け、導き、豊かに用いてくださいます。


サウルはこの後、王になっていきます。ある人々はそれを歓迎し、ある人々は冷ややかな態度で蔑みました。さあ、この後、どうなっていくでしょうか…。

 

 

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日々、聖霊に満たされて A・W・トウザー聖書日課

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*1:1サムエル16:14

*2:Iテサロニケ5:19には「聖霊を消す」とあるが、これは文脈から言って「聖霊を意識しない」「聖霊を無視する」ことであろう。

*3:「神はまた、確認の印を私たちに押し、保証として、御霊を私たちの心に与えてくださいました。」(2コリント1:22),聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。(エペソ1:14)

*4:私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。(2コリント3:18)。

*5:新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。(コロサイ3:10)