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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

ルカ10章25-42節

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有名な「善きサマリヤ人のたとえ」「マルタとマリヤのエピソード」です。これらの記録は、ルカの福音書だけに記されています。

 

律法学者が主をためそうとして「永遠のいのちを受けるにはどうしたら良いか」と質問をします。しかし、主は「律法にはなんと書いてあるか」「あなたはどう読んでいるか」という質問返しをされました。この二つの問いは非常に重要です。私たちも何か物事を考える時に「聖書になんと書いてあるか」「それをどう理解するか」を基準とする必要があります。

 

さて、この律法学者は旧約聖書を引用して「徹底して神を愛し、徹底して隣人を愛せ」という、当時の理解としては完璧な答えをしました。 主は「分かっているならそれを実行せよ*1」と語られます。

 

しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」(10:29)

 

正解を知りながら質問をしたのはバツが悪いですし、しかも、主の言葉が彼の良心に刺さったのです。「あなたは実際に、徹底して神を愛し人を愛する生き方を続けているのか?」と…。主は、彼がそのような生き方をしていないことをご存知でしたし、この地上で誰一人としてそのような生き方をできる人がいないこともご存知です。主は彼に、また、私たち一人一人に、自分の罪を認めて「主よ、私はあなたの救いを必要としている罪人です」という告白をするよう願っておられるのです。

 

しかし、彼は気まずさを回避するために「隣人って誰なんでしょう?分からないんですよ。分からないと愛せないじゃないですか」と質問をして、話題を変えようとします。そこで語られたのが善きサマリヤ人のたとえです。当時一般的に、ユダヤ人は同胞であるユダヤ人だけを隣人と考えていました。そして、サマリヤ人はユダヤ人と異邦人の混血民族であるが故に、ユダヤ人たちから酷い差別を受けていました。

 

このたとえは、隣人愛についての基本原則を教えています。「隣人」という種類の人がはじめから“いる”のではなく、私たちはそこにいる人の隣人に“なる”べきなのだというのがその基本原則です。

 

それと同時に、このたとえは絶望的な罪人である私たちとそれを救うメシヤを指し示しています。強盗に身ぐるみはがれ、そのまま放っておけば死ぬしかない旅人は、自力で自分を救うことができない私たちに重なります。そして、差別を受けていながら、その加害者であるユダヤ人の旅人に近づいて介抱し、命を救うサマリヤ人は明らかに主イエス様ご自身を指し示しています。33節の「かわいそうに思い」ということばは、基本的に神ご自身を主語として用いられる動詞であることからもそれが分かります。

 

この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」(10:36-37)

 

律法学者は「サマリヤ人」ということばを意地でも口にしたくない様子です。主は彼にもう一度チャレンジを与えます。これは、「同じようにすることができるか? あなたは自分の正しさを主張するのではなく、罪を認め、救いを求めるべきではないか?」という問いかけでした。彼がどう応答したのか、ルカは記していません。私たちはどのように応答するでしょうか。

 

この後、「マルタとマリヤのエピソード」が記されています。短いのですが、本当に意味深い、美しい記録です。

 

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」(10:41-42)

 

マルタのしようとしていたもてなし自体は悪いことではありません。むしろ素晴らしいことです。しかし、その彼女の心の中は平安を失っていました。私たちも良いことをしようと思いながら、いつの間にか悪い心の状態になってしまうことがあります。「どうして私ばかりこんなことをしなければならないのか」「あの人ももっとちゃんとやれば良いのに」などなど。

 

マリヤは、より良い選択をしました。それは自分の心に注目することからはじめることです。主の足下に座り、主の御声に耳を傾ける時、私たちは「良いことを良い心の状態で行う」ことができるよう導かれます。

 

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。(4:23)

 

 

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*1:「実行し続けなさい」と訳せる表現。