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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

第一列王14章

第一列王記

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霊の目で見る

主に背を向けて悪を行っていたヤロブアム王の息子アビヤが病気になります。王は妻に変装をさせて土産を持たせ、息子の未来を占ってもらうために「シロ」にいる預言者のもとへ向かわせます。シロは犬の名前ではなく町の名前で(念のため…)、エルサレムが都となる前のイスラエルの中心地でした。あの祭司エリ、サムエルらが拠点とした場所でもあります。


そこに預言者アヒヤがいました。彼は11章で、着ていたコート引き裂いて王国の分裂を予告した預言者です。ヤロブアムは自分たちの悪を見透かされるのを恐れて妻に変装をさせたのでしょうか。あれから随分と年月を経て預言者はかなり年老いており、目が見えなくなっていたようです。

 

しかし、主はアヒヤに言われた。「今、ヤロブアムの妻が子どものことで、あなたに尋ねるために来ている。その子が病気だからだ。あなたはこれこれのことを彼女に告げなければならない。入って来るときには、彼女は、ほかの女のようなふりをしている。」(14:5)

 

どんなに健康で視力が2.0あっても、神のみことばに心の耳が閉ざされている人もいます。しかし盲目になって身体も弱っていたであろう高齢のアヒヤは、それでも主の声を聞きました。彼と主の間には直通のラインがありました。彼は安っぽい占い師などではなく真の預言者だったのです。私はこのみことばを思い出します。

 

ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。(2コリント4:16-18)

 

御心に適う生涯を!

アヒヤは「ヤロブアムの奥さん」と呼びかけます。彼女は相当に驚いたことでしょうが、預言者は構わずに話を始めます。それは、ヤロブアムがダビデのような信仰の道を歩まず悪を行ったゆえにわざわいがもたらされるという預言でした。その預言には、病気の息子の死という内容も含まれていました。

 

イスラエルのすべてがその子のためにいたみ悲しんで葬りましょう。ヤロブアムの家の者で、墓に葬られるのは、彼だけでしょう。ヤロブアムの家で、彼は、イスラエルの神、主の御心にかなっていたからです。(14:13)


確かにヤロブアムの息子アビヤは若くして死にますが、しかし、「主の御心にかなっていた」と記されています。ヤロブアム家のその他の人々が野たれ死にをして野獣に喰われたのとは異なり、彼は丁寧に埋葬されました。健康で長生きできることは感謝ですが、それよりももっとずっと大切なことは「主の御心にかなう生涯」を送ることです。それは地上で肉体の死を迎えた後も永遠へと続くのです。


偶像礼拝の代償


預言者アヒヤはヤロブアム家の未来についても詳しく告げます。

 

主はご自分のためにイスラエルの上にひとりの王を起こされます。彼は、その日、そしてただちに、ヤロブアムの家を断ち滅ぼします。主は、イスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖たちに与えられたこの良い地からイスラエルを引き抜き、ユーフラテス川の向こうに散らされるでしょう。彼らがアシェラ像を造って主の怒りを引き起こしたからです。(14:14-15)


ひとりの王が起こされるというのは、ヤロブアム家の次男ナダブを殺して王となる謀反者バシャ*1を指しています。ユーフラテス川の向こうに散らされるというのは、北イスラエルが紀元前722年にアッシリヤ帝国によって滅ぼされ、捕囚となることを指しています。これは全て「主の目に悪」とされる偶像礼拝を行ったことの報いです。偶像を排除し、主の目の前にまっすぐな信仰生活を送るかどうかは私たちの人生にとって「おまけ」のようなものではなく、その根底を支えるものであり、家族や親族そして民族の未来を左右するものなのです。


さて、今度は南ユダ王国についてです。ソロモンの息子レハブアムのもとで、ユダの人々は「主の目の前に悪を行い、彼らの先祖たちよりひどい罪を犯して主を怒らせ」(22節)ていました。レハブアムの母親は、ソロモンが娶ったアモン人のナアマという女性ですが、彼女の影響で様々な偶像礼拝が持ち込まれていた様子が見て取れます。

 

彼らもまた、すべての高い丘の上や青木の下に、高き所や、石の柱や、アシェラ像を立てた。この国には神殿男娼もいた。彼らは、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の、すべての忌みきらうべきならわしをまねて行っていた。(14:23-24)


ヤハウェを無視して、国中に「八百万の神」を造っているような状態です。しかも、主の宮では「神殿男娼」による同性愛的な異教儀式が行われていたのです。このような状態に陥っていた南ユダにエジプト王シシャクが攻め上り、神殿と王宮から財宝を奪い取ります。これは紀元前926年頃の出来事でした。私たちの生活の中にプライドという “石の柱”や貪欲という “アシェラ像” はないでしょうか。

 

ニューヨーク市の長老教会の牧師、ティモシー・ケラーはこう記しています。

 

「偶像とは…あなたが神よりも重要だと見なすもの、あなたの心と思いのすべてを吸収するもの、そして、あなたが神からしか得られないものをそこから得ようとする、すべてのものを指します。」(ティモシー•ケラー『偽りの神々』より)

 

偶像の前にひざを屈めるのを止め、主の前にへりくだろう


レハブアムの生涯については第二歴代誌により詳しく記録されていますが、次のように書かれていることに慰めを覚えます。

 

このように、彼がへりくだったとき(エジプト王シシャクの侵略後)、主の怒りは彼の身を離れ、彼を徹底的に滅ぼすことはされなかった。ユダ(王国)にも良いことがあったからである。(2歴代12:12) 

 

生きている限り、悔い改めるのに遅すぎることはありません。しかし、「明日悔い改めよう」と先延ばしをしてはいけません。私たちは明日の命も分からない存在です。「主よ、私の◯◯の罪を認めます。どうぞ赦してください。私を変えてください」と祈りたいと思います。

 

主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。(ヤコブ4:10)

 

偽りの神々~かなわない夢と唯一の希望~

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*1:第一列王15:27-30