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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

第一列王16章

第一列王記

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暗黒時代

アサによって宗教改革がなされていた南ユダとは対照的に、北イスラエルは霊的暗黒の中を歩んでいます。初代王ヤロブアムに始まり、二代目ナダブ、三代目バシャ、四代目エラ、五代目ジムリと、次々に「悪王」が現われます。

 

統治期間は短く、クーデターによって王が交代する事態が頻繁に起こっています。さらにその後、将軍オムリとギテナの子ティブにの間では、すでに分裂して半分になっていた王国をさらに二分するような争いが起りました(21節)。


王となったオムリはサマリヤの山に町を建て、「主の目の前に悪を行い、彼以前のだれよりも悪いこと」(25節)をしました。をした。しかし、そのオムリの子アハブは、妻イゼベルと協力して「彼以前のだれよりも主の目の前に悪を行った。」(30節)と記録されています。

 

彼(アハブ)にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった。それどころか彼は、シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻にめとり、行ってバアルに仕え、それを拝んだ。(16:31)


このアハブにとって、あの北イスラエル初代王ヤロブアムの罪の後に続いて歩むことは「軽い」ことでした。神を神と思わず、悪を悪とも思わないことがあまりにも当たり前になっていたのです。

 

主のことばのとおり

このような悪しき時代にどんな希望があるのでしょうか。それは「主のことば」です。

 

彼(アハブ)の時代に、ベテル人ヒエルがエリコを再建した。彼は、その礎を据えるとき、長子アビラムを失い、門を建てるとき、末の子セグブを失った。ヌンの子ヨシュアを通して語られた主のことばのとおりであった。(16:34)


イスラエルの民が出エジプトをしてカナンの地に入った時代、ヨシュアは主からのことばを受け取り、このように宣言していました。

 

ヨシュアは、そのとき、誓って言った。「この町エリコの再建を企てる者は、主の前にのろわれよ。その礎を据える者は長子を失い、その門を建てる者は末の子を失う。」(ヨシュア6:26)

 

このことばがアハブとイゼベルの時代に、数百年を経てその通りに成就したのです。どんな暗い、混乱した時代の中にあっても、主のことばだけは確実に実現していくのです。預言者たちは、そのみことばに仕えました。

 

この章の冒頭に出てきた「ハナニの子エフー」もそうです。父ハナニは、有名な「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」(2歴代誌16:9)というみことばを取り次いだ先見者(預言者)でした。ハナニとエフーの親子はどちらも預言者として召され、暗い時代にあって変わらないみことばの光を届ける働きをしました。さらに次章以降、あの偉大な預言者エリヤが登場します。

 

私たちも暗い、混乱した時代を生きています。どんな政党が政権を担っても、どんな人物が総理大臣になっても、それが私たちの「希望」や「拠り所」になるわけではありません。イスラエルの王たちを見てもわかるように理想的で完璧な指導者はいません。私たちは「王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」(1テモテ2:1)のみことばに従って為政者のために祈りますが、過剰な信頼や期待をしません。

 

しかし、私たちには「変わらないみことば」「必ずその通りに成就するみことば」があります。そこに希望があります。これに信頼し過ぎることも、期待し過ぎることもないのです。

 

現代のキリスト教界における最大の危機は、この「みことば」に対する信頼を手放そうとする動きです。「単純に、聖書を文字通り信じることは “危険” だ」といった主張がキリスト教界内にも多く見られるのです。当然、正しい聖書解釈には丁寧な作業が必要ですし、間違った解釈を単純に信じ込むことは危険です。しかし、正しい解釈をしっかりと行う上でも「聖書は誤りのない神のことば」という「信頼」が前提として必要なのです。

 

しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて誤りに導き、不品行を行なわせ、偶像の神にささげた物を食べさせている。(黙示録2:20)

 

「私たちが一旦、聖書を神のことばとして認めたら、主従が逆転し、私たちが神のことばに従うしかない。私たちがみことばを切り刻むのではなく、私たちがみことばによって切り刻まれるべきなのだ。」(“ちいろば牧師”と呼ばれた榎本保郎牧師)

 

※ 「主のことばはその通りになる」ということを分かりやすく解き明かした「聖書預言」の入門解説書。おすすめです。

聖書預言の旅

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