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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

ヨハネ14章1-21節

 

主イエスは「あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです」と言われました。これは一体何のことを語っておられるのでしょう。
 

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私は「携挙(けいきょ)」を信じ、心待ちにしています。それは、主イエスがご自身の花嫁である教会を迎えに来られる出来事です。終末、再臨については聖書の真理を信頼する学者たちの中にもいくつかの違った立場がありますが、私自身は現在、「携挙(空中再臨)→七年の患難時代→地上再臨→千年王国→新天新地」という順に歴史が動いていくと信じています。

 
上に書いたように、携挙は花婿が花嫁を迎える出来事であり、今日の箇所は、主イエスが「新居を準備したら必ず迎えにくるよ」とプロポーズをしておられる「婚約」の箇所と言っても良いでしょう。*1
 
「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。わたしの行く道はあなたがたも知っています。」(14:1-4)
 
携挙の時には、聖霊によって新生させられた真の信者は皆引き上げられ、それと同時に一瞬のうちに復活の体に変えられます*2。その後、地上では7年間の患難時代が始まります。
 
主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。( 1テサロニケ4:16-18)
 
聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。(1コリント15:51-52)
 
現代において、クリスチャンたちの中にも「再臨」「終末」といった話題を避けたがる傾向があります。そのようなキーワードを用いて、人を脅かしたり、仕事や財産を捨てるように促したりするカルト集団もあるので、それに対する反発もあるかもしれません。確かに誤った形で終末を強調することは避けなければなりません。しかし、聖書はこう教えています。
 
まず第一に、次のことを知っておきなさい。終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。「キリストの来臨の約束はどこにあるのか。父祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。…主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。」(2ペテロ3:3-4, 9-10)
 
聖書の約束をあざける者になってはなりません。終末的希望を見失うならば、本当の意味での希望と平安をもって歩むことはできません。「どうせどうなるか分からないんだから、自分の好きなように生きるのが一番」と、欲望に任せて生きることになります。
 
しかし、私たちは結末が「主イエスとの結婚」であることを知っています。だから、そのプロセスにおいていろいろとドキドキすることがあっても、ハラハラすることが起こっても、「もうダメか?」と思うような事態に陥っても、結末を思って心を落ち着かせることができるし、花婿とお会いする日を楽しみにしながら自分自身をふさわしく整えることに努めることができます。そして、一人でも多くの人がこの永遠の喜びにあずかることができるように、熱意を持って福音宣教の働きに参加するのです。
 

 

聖書預言の旅

聖書預言の旅

 

 

 
 

*1:ユダヤの婚姻に関する習慣と携挙の関係については、次のサイトが詳しく述べている。キリストの空中再臨と教会の携挙 (その三) - 牧師の書斎

*2:これを「栄化」という