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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

第二歴代誌28-29章

第二歴代誌

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28章に記されているのは、アハズ王による南ユダの最低迷期の姿です。ユダは、すでに末期的な状態に陥っている北イスラエルと戦争をして大敗を喫します。なんと十二万人の勇士たちが倒れました。その原因を聖書記者はこう記しています。

 

…彼らはその父祖の神、主を捨て去っていた。(28:6)

 

主を捨て去る…なんと恐ろしい言葉でしょうか。この時代、アハズ王が率先して主を捨て去っていました。主ではなくアッシリアに頼ろうとしてみたり、様々な偶像に頼ろうとしてみたり…。

 

彼らの捨て去った「主(ヤハウェ)」は、天地万物の創造主、支配者、私の命とその日月のすべてを握っておられるお方、義なる聖なる神、私たちを母の胎内で組み立て、すべてをご存知で、深く愛してくださっているお方…。どうしてこのお方を忘れ、捨て去って良いでしょうか…。

 

しかし、ユダの民も、私たちも、本当に愚かな者で、それをしてしまうのです。だから、私たちがより頼むことができるのは、私たち自身の熱心さや確かさではなく、私たちを捨て去ることのない主の真実さです。

 

悪王アハズは、歴代の王の墓に葬られることもありませんでした。しかし、その後、息子のヒゼキヤによってユダに霊的な復興(リバイバル)が訪れます。

 

ヒゼキヤは若くして王になりましたが、非常に霊的に研ぎ澄まされていました。その背景には、主を捨て去った父とユダの民のあまりにも惨めな姿があったかもしれません。それを見ながら、同時にイザヤの霊的指導を受け、彼は「宗教改革者」として整えられていったのでしょう。

 

王となったヒゼキヤは、まず神殿をきよめることに着手し、なんと一ヶ月もしない内にそれを成し遂げました。レビ人、祭司の働きが活性化し、罪の赦しを求めるいけにえ、献身を表現する全焼のいけにえ、音楽による賛美が回復しました。

 

ヒゼキヤの改革運動が「礼拝改革」から始まっていることには大きな意義があります。国の現状を憂う時、ある人はデモ行進をし、ある人は政治活動をします。社会を良くするための事業を立ち上げたりする人もいます。もちろん、それら一つ一つに意義があります。しかし、それら一つ一つを本当の意味で力あるものにするためにも、私たちの心と生活における「宮きよめ」が行われる必要があります。

 

主ご自身との交わり、主への礼拝の心と態度が命を取り戻す時、そこからすべてが動き出すのです。この宗教改革により、嬉しいことにユダの民に「喜び」が戻ってきました。

 

“ヒゼキヤ”(英語読みではヘゼカイア)という名前のゴスペルシンガー、牧師であるHezekiah Walkerの賛美「Every Praise」の動画。お勧め!


Hezekiah Walker New Video "Every Praise" - YouTube

Every praise is to our God
すべての賛美は私たちの神へ
Every word of worship with one accord
すべての礼拝の言葉を声をひとつにして
Every praise, every praise is to our God
すべての賛美は私たちの神へ
Sing hallelujah to our God
私たちの神にハレルヤと歌おう
Glory hallelujah is due our God
栄光にあふれたハレルヤは、私たちの神にふさわしいもの
Every praise, every praise is to our God
すべての賛美、すべての賛美は私たちの神へ

God, my Savior
神、私の救い主
God, my Healer
神、私の癒し主
God, my Deliverer
神、私の解放者
Yes, He is
そう、彼こそが!
Yes, He is
そう、彼こそが!