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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

ローマ人への手紙1章(1)

ローマ

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パウロとは誰か?

 

神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ(1:1)

 

この箇所は、原文で「パウロ、しもべ(奴隷)、キリスト・イエスの、使徒として召された、神の福音のために選び分けられ・・・」という語順になっています。パウロは、他の箇所においてしばしばい自分自身の「使徒性」を強調していますが、この箇所から、パウロのアイデンティティの中心は「キリストのしもべ(奴隷)」であったことを覚えたいと思います。

 

福音とは何か?

 

――この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。(1:2-4)

 

福音とは一体何でしょうか。1節を見ても、福音とはまず「神のもの」であることがわかります。私たち人間が作り出したものではないのです。人間が我が物顔で所有したり、把握し尽くしたり、改変したりできるものでもありません。


また、福音はパウロの発明した神学ではなく旧約聖書の成就です。預言者たちは勝手に自分の言葉を語ったのではなく、神の導きによって、神の福音の前ぶれをしていたのです。


そして、福音の核心は御子イエスです。主イエスがどなたで、何をなさったかということが福音の中心なのです。

 

イエスとは誰か?


主イエスは、神と本質的に等しい「御子」であり、ダビデの子孫として生まれ、十字架で贖いを成し、復活によってその神性を示されました。このようなお方、主イエスご自身が福音の核心です。

 

使命とは何か?

 

このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためです。(1:5)


主イエスの福音はパウロをはじめとする人々に恵みと使徒の務めを与えるものでした。恵みとは、本来、わたしが受けるに価しない厚意を神が授けてくださることです。使徒の務めとありますが、これは「立場」「地位」という以上に「使命」について語っています。使徒とは「遣わされる者」という意味ですが、私たちはこの世から召し出されただけでなく、この世へと派遣される特権にあずかるのです。

 

 「というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。」(1コリント9:16-17)

 

派遣されてどうするのでしょうか。福音を宣べ伝えます。そして、あらゆる国の人々に「信仰の従順」をもたらすのです。

 

「信仰の従順とは信仰から湧き上がって来る従順だ」A・T・ロバートソン(新約聖書学者)

 

キリスト者とは誰か?

 

あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です。――このパウロから、ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたの上にありますように。(1:6-7)

 

キリスト者とは、神によってイエス・キリストに属する者とされた存在です。キリスト者とは、神に愛されている人々です。また、召された人々(招かれたとも訳すことができる)です。

 

そして、キリスト者は、聖徒たちです。この「聖」ということばはヘブル語で「カデシュ」、ギリシヤ語で「ハギオス」といいますが、区別する、分離する、普通の目的に使用することを止めるといった意味があります。キリスト者は、普通の目的のために生きるのではなく、神の栄光のために用いられる存在として区別されたのです。また、パウロは聖徒ということばを「聖徒たち」という複数形で語ります。つまり、キリスト者とは孤独に生きるのではなく、共同体を形成するように招かれている存在です。

 

パウロはこのキリスト者たちに、主イエスからの恵みと平安を祈ってこの手紙を書き進めていきます。