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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

ヨハネの黙示録19章

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バビロン滅亡を祝う賛美

 

大バビロンが倒れた後、「ハレルヤ!」と賛美が鳴り響きます。それは、偽りの宗教、偽りの政治、偽りの経済で人々を惑わしたバビロンに公正な裁きがなされ、報復が与えられたことに対する賛美です。また、神を礼拝する「アーメン。ハレルヤ」という声は、二十四人の長老と四つの生き物から発せられます。

 

婚姻を祝う賛美

 

そして、御座からの「すべての、神のしもべたち。小さい者も大きい者も、神を恐れかしこむ者たちよ。われらの神を賛美せよ。」(19:5)という声に応じて、大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のような音が発せられます。

 

「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行ないである。」(19:7)

 

結婚の手順、キリストと花嫁

 

これは、小羊である主イエスと花嫁である教会の結婚(婚姻)を喜ぶ賛美です。ここで、ユダヤの結婚のおおまかな手順について記しておきます。

 

・幼いころに許嫁(いいなずけ)となる

・成人して正式な婚約をする

・婚約期間、花婿は酒を断ち、父の家に花嫁のための部屋を作る

・父親の許可が出たなら、花婿は花嫁を迎えに行く

・花嫁は身支度をして花婿が来たら迎えに出る

・少人数で結婚式(婚姻)を行い、一週間は二人だけで過ごす

・花嫁を披露し、大勢で盛大な婚宴を行う

 

この手順については諸説ありますが、これがキリストと教会との結婚と重なるものであることをよく理解してください。

 

すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペソ1:4)

 

父なる神は、私たちを御子の花嫁として受け入れることをずっと以前から決めてくださっていました。これが「許嫁」の状態です。

 

主イエスは、十字架に架られる前には、弟子たちにこう言われました。

 

「あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」(ヨハネ14:2-3)

 

「まことに、あなたがたに告げます。神の国で新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」(マルコ14:25)

 

上に二つの箇所から分かるように、おそらく最後の晩餐は「正式な婚約」に対応します。そして、いつの日か、父なる神様は結婚の許可を出されます。父親による結婚の許可は、ラッパの号令によって知らされたとも言われていますが、この箇所にもラッパが出てきます。

 

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(1テサロニケ4:16-17)

 

教会が天に引き上げられるという「携挙」の出来事は、「婚姻」に対応しています。今見ている黙示録19章の箇所は、この出来事を喜んで賛美しているわけです。地上に七年間の患難時代が訪れている最中、天においてはキリストと教会のハネムーンが訪れています。

 

御使いは私に「小羊の婚宴に招かれた者は幸いだ、と書きなさい」と言い、また、「これは神の真実のことばです」と言った。(19:9)

 

ここで出て来る言葉は「婚宴」で、先ほどの「婚姻」とは異なります。この「婚宴」は、主イエスが再臨されて神の国(メシア的王国、千年王国)が地上に到来し、キリストと教会、患難時代に救われた聖徒たち、旧約時代の聖徒たちが共にお祝いをする幸いな時に対応しています。

 

再臨

 

しかし、その時が訪れる前に、地上では厳しい裁きが行われます。いよいよ黙示録19章11節以降、主イエスの再臨についての幻が記されています。クリスマスに飼い葉桶にお生まれになった主イエスの初臨は「苦難のしもべ」でしたが、今度の再臨は「審判者である王」としての来臨です。

 

また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた。(19:11-16)

 

この箇所は、有名なヘンデルのメサイアのクライマックス部分でも描かれています。この箇所は、たとえば以下の箇所などの成就です。

 

「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を共にする者はいなかった。わたしは怒って彼らを踏み、憤って彼らを踏みにじった。それで、彼らの血のしたたりが、わたしの衣にふりかかり、わたしの着物を、すっかり汚してしまった。」(イザヤ63:3)

 

人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。その時には、おのおのその行ないに応じて報いをします。(マタイ16:27)

 

ハルマゲドンの戦いが起こっていますが、その集結は再臨のキリストご自身によってもたらされます。

 

また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。(19:19)

 

この戦いの詳細とその渦中でどのようにイスラエル人が民族的な回心をするのかは、他の預言と照らし合わせて知る必要がありますが、ここでは触れません。いずれにせよ多くの死者が出て、鳥がそれをついばむということは確かです。また、あの獣すなわち反キリストと偽預言者とが主にとらえられ、硫黄の燃える火の池に投げ込まれます。

 

私たちがこの地上を歩む上で常に心に留めたいことは、「全ての不正、不義は必ずやがて裁かれる」ということと「キリストにある者たちを、花婿は必ず迎えに来てくださる」ということです。このことを覚えながら、私たちは地上において「ハレルヤ!」と主をほめたたえて歩むのです。

 


HALLELUJAH CHORUS - GRACE COMMUNITY CHURCH, CA - MASTER'S COLLEGE COLLEGIATE SINGERS & ORCHESTRA