道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

先輩牧師から学ぶ

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「教会再生のための最も良いリソースの一つは、それを実際に行った牧師から学ぶことである。」(ビル・ヘナード)


私が牧師になりたての二十代の頃、ほとんど面識もない何人かの先輩牧師たちに電話や手紙で頼み事をしました。その内容は「どうやって牧会をしたら良いか僕に教えてください」というものです。

 

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心を奪われ続けるべき働き(4)

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…教え…に専念しなさい。(1テモテ4:13)

 

この「教え」という言葉は、第一・第二テモテ、テトスという、いわゆる「牧会書簡」と呼ばれる手紙の中に15回出てきます。さらに、これらの書簡の中では「健全な教え」という特徴的な言葉が何度か用いられています。専念すべき働き、心を奪われるべき働きの3つ目として「教え」に注目してみましょう。

 

 

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心を奪われ続けるべき働き(3)

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私が行くまで、聖書の朗読と勧めと教えとに専念しなさい。(1テモテ4:13 )

 

前回は、この御言葉から、聖書の朗読に専念しなさいという教えについて考えました。聖書を学んで準備し、しっかりと朗読し、それを解説することがいかに大切であるかを確認することができたと思います。次に今回は「勧め」に注目したいと思います。

 

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心を奪われ続けるべき働き(2)

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私が行くまで、聖書の朗読と勧めと教えとに専念しなさい。 (第一テモテ4:13)

 

この箇所を原語で見てみると、「私がいくまで」の後、すぐに「専念しなさい」という命令形の動詞が出てきます。「私がいくまで…専念しなさい! これと、これと、これに…」。パウロは、このような書き方をもって「専念しなさい」という言葉を強調しています。「できればやっておいてね」といった軽い表現ではなく、これらのことに自分自身を捧げなさいといった意味の命令がなされています。

 

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心を奪われ続けるべき働き(1)

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皆さんはなにかに専念していますか? 聖書は教会の指導者たちに対して、あることに専念し、心血を注ぐように教えています。

 

私が行くまで、聖書の朗読と勧めと教えとに専念しなさい。(第一テモテ4:13)

 

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神の家の行動様式

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第一テモテの3章14-15節には、パウロがこの手紙を書き送った目的について次のように書かれています。

 


私は、近いうちにあなたのところに行きたいと思いながらも、この手紙を書いています。それは、たとい私がおそくなった場合でも、神の家でどのように行動すべきかを、あなたが知っておくためです。神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です。(3:14-15) 

 

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教会再活性化のためにリスクを冒すリーダー

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新しい教会開拓をする人々は「リスクを冒す人々」とみなされます。資金もなく、建物もなく、人材足りない中でそれを行うことは、誰がどう見てもリスクの高いことです。

 

しかし、トム・レイナー博士は「教会開拓には確かにリスクがあります。しかし、教会の再活性化にも紛れもなくリスクがあるのです」と語り、「教会再活性化のためにリスクを冒すリーダーがなぜ必要か」というテーマで興味深い記事を記しています*1。レイナー博士の挙げているポイントをコメントを加えながら紹介します。

 

*1:詳しくはリンク先の記事(英語)を御覧ください。

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