2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧
エリシャを通して立て続けに奇跡が為されます。 今日は「奇跡」というのものをどのように考えるべきかということについて記します。私たちは個別の奇跡について「この出来事はきっとこういう意味だろう。こういう教訓があるに違いない」と考えがちですが、奇…
エリヤは、創世記に記されているエノクと同じように、生きながら天に上げられます。その前に、彼は弟子のエリシャに対して「ここにとどまっていなさい」と語りました。
第一列王記を思い出しましょう。ダビデ、ソロモンの時代に栄えたイスラエル統一王国は「北イスラエル」と「南ユダ」とに分裂しました。
十字架から三日目の日曜日、主イエスは復活されました。墓は空っぽで、遺体をくるんでいた亜麻布と頭に巻かれていた布だけが残されていました。復活の主はマグダラのマリヤに現れ、その後、弟子たちの前に姿をお見せになります。
いばらの冠を被らされた主イエスに向かって、人々は「十字架につけろ」と叫びました。祭司長や役人たちがその中心におり、そこでは買収、扇動が行われていたことでしょう。踊らされる方も、踊る方も、いずれにせよ、自分では決して償うことのできない罪を犯…
この箇所には、たくさんの「わたしたち」が登場します。
いよいよ十字架を前にして、イエス様は特に弟子たちのために祈りを捧げられます。それが17章全体に記録されています。
有名な「ぶどうの木」のメッセージです。私たちクリスチャンが、主イエスにとどまっている(主イエスと一つにされているという事実を信頼する)ときに実を結ぶというメッセージが語られています。 わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。…
主イエスは「あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです」と言われました。これは一体何のことを語っておられるのでしょう。