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道奥 MICHINOKU せみなりお

聖書を学び、聖書で考え、聖書に生きる

第一サムエル記9章

第一サムエル記

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9章からは、イスラエルの初代王となったサウルという人物についてのストーリーです。彼はベニヤミン族の出です。サムエル記の前の士師記を読んでこられた方々は、彼らがイスラエルの他の部族に対して戦争を仕掛け、主によって打たれた出来事を思い出すかも知れません*1。しかし、不思議なことに最初の王はそのような部族から現われるのです。

 

キシュにはひとりの息子がいて、その名をサウルと言った。彼は美しい若い男で、イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった。(9:2)


私は、彼に対して非常に“親近感”を覚えます………(笑)。

 

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さて、そのサウルの父キシュの飼っていた雌ろばが迷子になり、サウルは父親に命じられて使用人と共に雌ろばの「捜索活動」にかり出されます。なかなか見つからないのでサウルはあきらめて、「もう帰ろう。お父さんも心配しているだろう」と語りますが、連れの若い者がこのように応えました。

 

すると、彼は言った。「待ってください。この町には神の人がいます。この人は敬われている人です。この人の言うことはみな、必ず実現します。今そこへまいりましょう。たぶん、私たちの行くべき道を教えてくれるでしょう。」(9:6)


神の人とは、あの最後の士師であり預言者であるサムエルのことです。若い者は「サウル様、待ってください。神の人に会って聞いてみましょう」と言うのです。3章には、この神の人サムエルについてこう記されていました。

 

…主は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とされなかった。こうして全イスラエルは、ダンからベエル・シェバ*2まで、サムエルが主の預言者に任じられたことを知った。(3:19-20)


彼は預言者として、神から委ねられたことばをそのまま真っすぐに語り伝えていました。そして、それらはすべて語られた通りに実現していたのです。*3


サウルと若い者はおそらくロバ探しに疲れ、行き詰まっていたことと思います。長い時間をかけて探し物をしても見つからないときの徒労感はとても大きいものです。あきらめて帰りたくなるのも分かります。しかし、そのような中、若い者は「待ってください」と、真実な「神のことば」に解決を求めました。

 

私たちも時に、面倒な仕事を押し付けられたり、やっていることが上手く行かずに出口が見えなくなったりすることがあります。あきらめる前に「ちょっと待てよ。必ず実現する真理のみことばに耳を傾け、道を教えていただこうではないか!」と自分自身に語りかけたいと思います。


二人がサムエルを訪ねると、彼はすでに神様から聞いてそのことを知っていました。そして、「ろばについてはもう心配いらない。見つかった」と告げて…

 

「イスラエルのすべてが望んでいるものは、だれのものでしょう。それはあなたのもの、あなたの父の全家のものではありませんか。」(9:21)


と語りました。サムエルは国中から敬われている存在であるにも関わらず、サウルをまるで王を扱うように非常に丁重に扱っています。サムエルは当初「王政」の導入に対して不満を持っていましたが、神ご自身がこのことを許容なさったので*4、それに従っているのです。ここにはサムエルの信仰と謙遜が現われています。さて、サウルはどう応答したでしょうか?

 

サウルは答えて言った。「私はイスラエルの部族のうちの最も小さいベニヤミン人ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、つまらないものではありませんか。どうしてあなたはこのようなことを私に言われるのですか。」(9:21)

 

サウルは「我々ベニヤミン族は“前科”のある身です。我が家がその中でも別に名家ではありません」と応えます。これは確かに腰の低い態度でしたが、ある注解者はこれを「彼の臆病から出たもの」と解説しています。実際、サウルは王となった後、臆病な心に取り付かれて迷走することになります。

 

私たちは、人間的な動機で卑屈になったり、いたずらに平身低頭するのではなく、主の前での謙遜、主のみことばに対する謙遜と従順を学んでいきたいと思います。

 

 

敬虔な生涯改訂版

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キリストにならいて―イミタチオ・クリスチ

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*1:士師記20章

*2:北端から南端までの「全国」を意味する表現。

*3:預言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら、それは主が語られたことばではない。その預言者が不遜にもそれを語ったのである。(申命記18:22)

*4:「それでもこの民は、サムエルの言うことを聞こうとしなかった。そして言った。『いや。どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません。私たちも、ほかのすべての国民のようになり、私たちの王が私たちをさばき、王が私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。』サムエルは、この民の言うことすべてを聞いて、それを主の耳に入れた。主はサムエルに仰せられた。『彼らの言うことを聞き、彼らにひとりの王を立てよ。』そこで、サムエルはイスラエルの人々に、『おのおの自分の町に帰りなさい」と言った。』(1サムエル8:19-22)